第3回 : 鏡の中の住人をまっすぐ見られるか?

伊藤嘉明さん
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 業務執行役員 シニアバイスプレジデント、ホームエンタテインメント部門日本、北アジア代表
1969年生まれ

バンコクで生まれ、タイで育った伊藤嘉明さんは、サーブ自動車や日本コカ・コーラ、デル、アディダス・ジャパンを経て、現在はソニー・ピクチャーズエンタテインメントにて、業務執行役員 シニアバイスプレジデント、ホームエンタテインメント部門日本・北アジア代表を担当。周りから「アワードコレクター」と呼ばれ、サーブから現在に至るまで、ブランド認知度の向上、業績回復、シェア拡大、売り上げ新記録の樹立など、多くのアワードを受賞してきた。

自動車業界に始まり、飲料、IT、アパレル、エンターテイメントと、常に異業種を選び結果を出してきた伊藤さんだが、自らの仕事を「誰でもできる仕事です」と話す。しかし、その真意は謙遜ではなく、信念に基づいたものだった。

(2013年12月時点の内容です)

1. 伊藤さんはさまざまな業種を渡り歩いていますが、なぜいち業種に留まらないのですか?

仕事に馴れてしまって成長することをやめるのが嫌だからです。「業界を変えてやる」「盛り上げてやる」、異業種に転職することで、新入社員の頃と同じような気力で仕事に挑むことができる。だから、転職をする時は必ず異業種を選ぶのが僕のポリシーでもあります。

僕はタイで生まれ、18歳までタイで育ちました。小中は日本人学校へ行き、高校はインターナショナルスクール。アメリカの大学でマーケティングとアジア学を学び、タイに戻りました。そこで、まずサーブ自動車のタイ進出を手がけました。3年後にMBAの取得をめざし、アメリカへ。その後日本に渡り、経営コンサルティングを一年経験し、クライアントだった日本コカ・コーラへ入社、環境経営部を立ち上げました。

サーブ自動車では、タイ国内での認知度を1%から27%まで引き上げ、日本コカ・コーラでは、国内メディアが主催する環境ブランド調査で85位から23位まで順位を引き上げました。南アフリカの世界環境サミットでは環太平洋地区代表として参加したこともあります。この頃は、一貫してマーケティングの仕事を担当していました。

その後は、常々「リーダーになりたい」と考えていたこともあり、数字の責任を持てる営業本部長のポストでデルのヘッドハンティングを受けました。長らく赤字を出していた部門を引き受け、黒字に転換。そして、大手の外資PCメーカーに招致され、トータルでIT業界は三年経験しました。そして、日本に戻りアディダスの営業本部長を経て、上席執行役副社長に就任。その時に声をかけてくれたのが今のソニー・ピクチャーズエンタテインメントです。

脈絡がありませんよね(笑)。同じ業界で働くことは誰でもできますけど、違う業界で働くのはギャンブルです。特に日本では「危険な橋を渡っている」と考える人は多い。しかし、「仕事をすること」は「プロになること」。業界に長らく在籍し、知識をたくさん蓄えることがプロではないんです。業界知識は業務上必要なツールでしかない。

本当のプロとは、過去からのプロセスやビジネスを見るのではなく「いま」を捉え、先を見据える存在です。ガンガン伸びて行く外資企業は、体力や気力、知力をかね添えた優秀な社員たちが常に切磋琢磨しながら会社を牽引していっています。僕も彼らに負けたくない。日本企業の底力を見せたいと自己研鑽の意味も込めて、敢えて異業種を選んでいるんです。

2. 伊藤さんのビジネス観を教えていただけますか?

僕は自分のことを技術者だと思っています。マネジメントという技術を切り出して売っている。理系や文系、スペシャリストやゼネラリスト、そういう区分分けが誤解を生み、挑戦するチャンスを失わせているんじゃないでしょうか。ビジネスを行う上では、皆さん何かしらの“技術”を持っていますよね。このようにシンプルに考えることで、業界や経験を判断基準にするのではなく、自分が何を目指しているのかだと気づけるのではないでしょうか。

サーブが扱っていた自動車、これは社会インフラです。日本コカ・コーラの飲料はライフライン、ITもいまやビジネス、コンシューマともに不可欠な存在。娯楽も生活に必要な要素です。企業とは必ず「社会に貢献する」ために存在しています。つまり、自分の持つ”技術”も「誰かの役に立っている」とシンプルに考えることができるんです。

「伊藤は日本のビリー・ビーンだな」と言われたことがあります。ビーンは、映画「マネーボール」の主人公、低迷するアスレチックスを復活させた実在するゼネラルマネージャー。彼は各チームから戦力外とされた選手を集め、“勝てる”チームを作り出しました。ビーン自身、有望な選手だったにも関わらず活躍の場がないまま9年をベンチで過ごし引退。選手時代の悔しさから、「より選手が力を発揮する方法」を模索し、たどり着いたのがセイバーメトリクスだったそうです。

セイバーメトリクスは、旧来の打点や打率で選手スキルを判断するのではなく、出塁率や盗塁の成功率を重視。ビーンは打点や打率が低くても、チームが勝つために必要な選手を集めました。しかし、映画の中で「今までのやりかたと違う」とスカウトたちから反発されていました。チームが強く人気があるなら「今までのやりかた」でも十分でしょう。しかし、弱く低迷しており、ファンが求めているアスレチックスではなくなっている時に「今までのやりかた」は役に立つのでしょうか? それは誰のための“技術”なんでしょうか?

自分の仕事や会社、業界がなくなってしまったらどうなるんだろう…もし、そこに不安を感じるとしたら、それは自分自身を磨いてこなかった結果です。あるいはアンテナを張っておらず、「誰の役にも立たない」ことをし続けていた。ビーンに反発するスカウトたちの姿が重なります。まるで負け試合であることを把握せず、好プレーを狙ってしまうようなものですよね。もし、一つのチームで結果が出せなかったとしても自分自身を磨いていさえすれば、ビーンのような存在の目にとまりますし、自分自身がビーンになることだって可能です。

3. 自己研鑽をし続けていくために重要な要素はなんですか?

僕は自分の仕事を「誰でもできる仕事」だと思っています。誰でもできる仕事だけど、僕は気力と知力、そして体力の3つを失わないように努力をしています。知力は経験とともに身に付いていきますが、気力は意識をしなければ維持ができない。僕が異業種に転職するのは気力を維持するためでもあります。そして、体力は年々衰えていきます。しかし、僕はキックボクシングで身体を鍛え、時には若い人にボコボコにされたりもしています(笑)。

映画「アイアンマン」の主人公トニー・スタークは、アメリカの巨大軍需企業の社長とアイアンマン、二つの顔を持っていますよね。彼は映画の冒頭でテロリストに拉致され、窮地に陥ります。幽閉されながらも知力と気力を駆使して、パワードスーツを作り上げる。パワードスーツ、これがつまり“体力”です。

テロリストに拉致されたこと、自ら戦場に赴くことで、新たに学び、企業の方針をがらりと変えてしまう。周りは困惑しながらも彼を信じる。そして、彼自身、周りを納得させる力を持っている。彼は誰もが認める“リーダー”、“科学者”でありながら、学び続ける姿勢を崩さないんです。企業で働いていると学ぶ姿勢を失い、斜に構えてしまう機会は数多いように感じます。しかし、3つの要素と自分自身のビジョンを持ちさえすれば、ビーンやトニーのように成長し続け、逆境の中からも学びを見つけていくことができるのではないでしょうか。

採用を行う際、気力と知力、そして体力の3要素を見ます。しかし、この3要素を同じぐらい持っている人材が複数集まった場合、“姿勢”を見るようにしています。かえって、3要素のどれかが欠けていても、正しい学ぶ姿勢を持ち、明確なビジョンを持っている人ならば採用します。そのような人材は必ず、「自分は誰かの役に立てるのか?」を考え、不足している要素があれば自ら補って、“学び”を得ようとするからです。

4. 伊藤さんが転職を考える時に、基準としていることはありますか?

① 人に感動を与え、社会に貢献できるか?

②新しい挑戦か? その過程で成長できるか?

③自分だからできることか?

④自分のことを好きでいられるか?

⑤ブレないでいられるか?

⑥BEGIN WITH END IN MIND!

①自分の“技術”は「誰かのために役立つのか」、誰かに「ありがとう」と言ってもらえるのか。②「居心地が良い」と考えていないか、いま自分は “技術”を磨けているのか。そして、③自分の“技術”なりコネクションなり、いままで一所懸命に磨き続けてきたことを新しい場所で生かすことができるのか、必要なのか。

④は僕が尊敬するドイツ人の元上司がいつも言っていたことです。 「毎朝鏡を見ると、お前と同じ顔をした住人がいるだろう。意思決定をする時、そいつの目をまっすぐ見られるか? 時には見られない時もあるかもしれないが、一週間、二週間と見られなくなったら終わりだぞ」。自分が決定したことに後悔をしていないか、後ろめたい気持ちはないか、負い目に自分自身が気づいてなくても、必ずまっすぐ見られなくなるんです。⑤にも繋がりますけど、時にブレることはあります。ブレが長引くのであればダメ。「誰かの役に立っている」のように、ブレないでいられるシンプルな自分独自のビジョン、軸を持つことが大事なんです。

そして、最後の⑥「ゴールをイメージして、次へ向かえ」は自分に対しての戒めでもあります。転職を行う時はいつなのか、それは自分が最初に決めたゴールが見えてきた時。「達成した、やるべきことを果たした」、そう思った時が転職を考える瞬間。または、「切磋琢磨できる環境じゃなくなった時」、自分の想い通りにいくようになったら、僕にとってはアウトなんです。仕事をしていて「楽勝だな」と思った時ですね。

何のために働いているのか、自分はなぜ働きたいかを突き詰めていけば、自分が持つ価値観は見えてくるものです。その時、④を意識すれば、動くべきか踏ん張るべきかも見えてきます。僕は、はたらく=成長だと考えているので、まだまだ成長ができる、自分を磨ける、やりきれていないと思った時は、踏ん張ります。しかし、やりきった、吸収できることがなくなったと思ったら、迷わず外を見ます。

変化を恐れる、それは外を知らないから。僕は部下に「ヘッドハント会社に登録して、外部が自分をどれだけの価値で見ているのかを把握しておけ」「積極的に異業種と交流しろ」と言っています。毎年、若い人が社会に出てきます。海外からもどんどん優秀な人が入ってくる。その中で自分は戦い抜けるのか。自分が「誰かのために役に立っているのか」を意識して、研鑽を心がけていく。それを知る、気づくためには、会社の中だけではなく、客観的に見てもらって、社会的な自分のポジションを把握していなければなりません。

外を見るとびっくりしますよ。自分が思っていた以上に経済がめまぐるしく動いている。それを見てしまうと、とてものんびり構えてなんていられないんです。

伊藤嘉明さんの最近のお仕事、著書など

【魅せ男(みせお)キャンペーン】
映画から男のカッコいい生きかたを学ぶ“魅せ男”映画キャンペーン。心技体友、それぞれに連動した“魅せ男”コンテンツやプレゼントを実施。

【ホワイトハウスダウン】
“破壊神”と名高いローランド・エメリッヒ監督が描く、出会うはずのなかった大統領と議会警察官、二人の男のアクション大作。

【エリジウム】
余命5日と宣告された男が目指したのは富裕層が暮らす理想郷「エリジウム」。覚悟と引き換えに“生”を勝ち取ることはできるのか。

【ワン・ダイレクション THIS IS US】
挫折を味わうものの、デビュー3年で世界で最も売れるグループへと成長した「ワン・ダイレクション」を追ったドキュメンタリー。

Text by Yuzuru Yamakawa, Image by Tomonori Ozawa